2020年 女性の半数が50歳超え
2024年 全国民の3人に1人が65歳以上
2027年 輸血用血液が不足
2033年 3戸に1戸が空き家
2039年 火葬場が不足
2040年 自治体の半数が消滅
2042年 高齢者の人口がピークを迎える・・・
悪夢のような未来が並ぶ「未来の年表 人口減少日本でこれから起きること」は、少子化によって人口減少のステージに入った日本社会でこれから現実に起こる未来を紹介しています。
例えば「2027年 輸血用血液が不足」では、現在輸血事情は20代〜30代の献血によって50代以上の患者が利用しています。
しかし、将来は輸血を必要とする患者(主に高齢者)が増え、血液を供給する若者が減ることから需要と供給のバランスが崩れ、手術の際に輸血が必要でも血液が足りなくてできないといった現在当たり前にできることができなくなる未来が到来することを予測しています。
とにかくいい事はなにもない日本の未来

高齢世代人口の比率 平成29年版高齢社会白書より抜粋
高齢化社会の問題として、高齢者が増える事によって現役の働いている世代の負担が増えていくことがよく言われます。例えば、上図のように2016年時点で我々現役世代は高齢者を2.2人で支えています。(これはこれで現時点で大問題)それが2025年には2人を切り、2050年には1.4人になりほぼ肩車で高齢者を現役世代が担ぐ未来が訪れます。

また少子化の目線で未来を考えると、先ほどの輸血問題のように現状の公共サービスや医療が受け入れられなくなったり、現在、日本各地の離島には人が住み国土の主権を保っている日本の領土が、人口が減少し無人島化するとき、領土や領海に侵入してくる国も増えることが懸念され国土の維持も難しくなるといった問題なども考えられます。
さらに、既に問題になっている老老介護や介護殺人や心中の増加、介護離職の増加による現役世代の減少なども考えられます。
とにかく日本の未来に関していい事はなにひとつ起こりません。
僕らは一生働かなくてはいけない
現在アラフォー世代は年金制度は破綻して受け取れないと昔から言われてきました。
しかし、国がデフォルトでもしない限り(その可能性も0ではない)、年金制度は続くと思います。
それは、受給年齢を75歳まで引き上げて74歳まで働くという方に制度を書き換えれば成り立つからです。(同時に勤労世代を15歳から20歳に設定をかえます。)
もし、このように設定を変えると団塊世代が高齢者となる2025年に高齢者を支える人間は1人あたり3.7人になります。(今のままでは1.9人)、2040年付近でも3.2人に1人となり年金制度は維持されます。
そうです。年金制度は苦しくなったら受給年齢をあげれば解決するのです。
でも、75歳までこの右肩下がりの日本で働くのは想像以上に辛くて大変です。
結局、一生働かなくてはいけないと考えた方が良いのかも知れません。
でもこのように、この日本を暗くさせる問題を解決する極め手は高齢者を減らせばいい訳です。
そこで私は自分で自分の死を選ぶ安楽死を認めるのも一つだと思います。
80歳を過ぎて認知症になって生きていたいですか?
最近、脚本家の橋田壽賀子氏が安楽死についての本を出しました。
橋田さんは、安楽死を望むようになった理由を次のように述べています。
「あの世で会いたいと思う人はいません。この世でしたいと思うことは一杯しました。あまり恋愛はしませんでしたが、もう、あれもこれもしたいとは思いません。心を残す人もいないし、そういう友達もいない。
そういう意味では、のん気な生活を送っていますけれど、ただ一つ、ボケたまま生きることだけが恐怖なのです」。
92歳になる橋田さんは人に迷惑をかけるぐらいなら安楽死で自分の死を決めたいと考え執筆しました。
事実、私の父方の祖母は95歳で亡くなったのですが、亡くなる2週間前に病院に入り、家族や看護師さんたちに世話を受けた際「こんなにみんなに迷惑をかけるのであれば早く殺してくれ!」と泣いて訴えたときは衝撃を受けました。
高齢者は高齢者でそこまで迷惑をかけるぐらいだったら長生きしたいと思っていない人は結構いると思います。それならば自分で自分の死を選ぶのも人間らしい生き方だと思います。
健康な高齢者がこう思うのですから認知症の高齢者はなおさら安楽死を望むのではないでしょうか。
自分自身で考えても、もし認知症にかかってなにもわけがわからなくなって妻や家族に迷惑をかけるぐらいなら安楽死で殺してほしいです。
そうすれば老老介護や悲しい介護殺人も減ると思います。そして高齢者も減り、社会負担も減る。これほど良いスパイラルが起こる死はないのでしょうか。
高齢化社会のトップとしての戦略
日本は世界でも高齢化社会のトップを走っていて今後起こる事は全て世界で一番最初に起こります。だからこそもっと大胆に戦略を取る必要があります。
それこそ、政治家は有権者の声が高齢者に多いため、都合の良い事を言って票を得ようとしますが、もっと多きな視点で見れば高齢者の安楽死は日本社会を救う一つの方法になるのかも知れません。
耳障りの良い、反論が起きない方法は、バブル崩壊以降、日本が浮上できないように何も変わらないことはこの30年間で実証済みです。
まだ高齢化社会の入り口にさしかかったばかりの今、大胆な戦略を取らないと将来的に身動きが取れなくなる恐れがあります。
若手の政治家やコメンテーターなど社会的影響力のある人にもっと安楽死について発言してほしいと思います。
まとめ
日本では1979年に日本安楽死協会が「末期医療の特別措置法案」を作成し、国会への提出を目指したことがあります。しかし、この法案は「人権派」や身体障害者団体から「ナチスの優生思想と同じ」と猛烈に批判され、断念せざるを得ませんでした。それ以降日本の政治では安楽死はタブーとなっています。
そのため、政治家は老人に気を使って死んでくれとは言えないし、テレビにでるコメンテーターなども視聴者の大半が老人のため死んでくれとは言えないのが今の日本です。
しかしそれから38年たち高齢化が現実に起こり今後さらに大問題になるのも事実です。もう一度、安楽死について人権というよりも国家のための建設的な対策として考える必要があると思います。
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